スタッフのつぶやき&お知らせ
黒という色は、世の中になじむ?
今日は、寒い!と言う天気予報を受けて、、6時半に家を出るのを一時間ほど遅く家を出発、、そりゃ~重装備です。
爺シャツに、薄手のダウン、そしてブルゾンを着こみ、ネックウォーマーに、ヘッドホン、帽子、、、通勤は意外に暑く、
爺シャツは汗だく、そのまま洗濯に、、洗濯できるっていいですよね~。
そんな一時間の旅をするわけなんです、、出発時間が遅くなったことで、、西荻の駅の改札口には大量の通勤客がなだれ込んでいるわけです、、毎日の当たり前の光景でしょう、、その流れは水が押し流されているかのようで、ベルトコンベアに載っているようで、綺麗に改札口に列を作って進んでいくわけです。
その光景は非常に見ていてスリリングなわけなんです、”いったい俺は、この流れを横切れるのか?”、その流れを、わずかなスキをついて、その流れの速さを合わせ、私はその三重になった人の流れの中を横切るわけです、ぶつからないように、その流れをせき止めないように、注意深く、そして華麗に横切るわけです、、まさに熟練の技。
まさに、日体大の集団行動を、ほうふつさせる
。。。とまあ、前置きはいいとして、その流れは”黒”いわけです。”これが電車の中で堰き止められ、一体、車内はどんな渦を巻いているのか?”、、、おっといけない、また、話が戻る所でした、、、
”何故ここまで黒を着こむようになったのか?”
それくらい、その流れはほとんど黒の洋服なわけです。
そんな黒い流れを通り過ぎると時間的に、小学校の通学の流れに出くわすわけです、、この流れは、規則正しくなく予想がつきません、、突然流れが速くなることもあれば、あっという間に支流が出来上がることもあり、堰き止められることもしばしばなわけで、、ただこの流れは基本緩やかなわけです、、そして、非常~~に通勤と違って、通学はカラフルなんです。
そもそもで黒を着ている子はいません、あれほど、黒ばかりの中を通ってきた輩には、ギャップがあるわけです。その虹路の流れが、こんなにも色を楽しんでいたのに、、
中学高校の6年間で色を忘れて、決まった服装に慣れ、回りと同じようにすることで、安心感が得られる。。いやいや
溶け込む技術を会得したってことか!小学生の時から、電車で毎日通い(私の事です)、30近くまで通勤してきたわけですが、ここまでみんながみんな黒を着ていることは事はなかったですね~
それでも、私が20代の頃、あるベクトルの方向性の輩には、大流行しました、デザイナーズブランドが華やかだった時です。
全身黒、カラス族と世の中からは奇異な目で見られていたんです、私もそのベクトルの方をむいていました
まさにこんな格好をしていました。。先輩の中に、まさに、パンツの2枚履きをしている人がいたのを思い出します、真似したな~。当時はタックが入ったパンツがはやってたんです。。。
でも周りは美容師でしたし、カラス族は私も含め普通だったんです、想像してください、まさにこんな格好をしていた男と女が
2,3人で歩いてるわけです、全員タバコを吸いながら( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、誰が見ても、美容師か、ファッション関係なんだろうな~だったわけです
マフラーも2Mくらいあってボリューミ満点でしたもちろんテクノカットです。
昭和の時代、不思議と黒というのは冠婚葬祭の礼服寄りで、普段着に黒という色は使わなかったように思うんです、、だからこそ、奇異な目で見られてはいました。
そんな時代に生きていましたから、それからというもの、黒にはなじみがなく、、ここ30年ではカットソー1枚しか買ったことがありません。美容師としてカットをするようになって。黒は一切着なくなりました、茶系に移行、当時はアメカジを超~馬鹿にしてました、、今はアメカジですが( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
今はみんな同じような着こなしですが、ここまで黒がファッションとして取り入れられるっていうのは、、思ってもいなくて、今や、”だらけ”ですよね、いつからこんなに愛される色になったんだろう。。
カラス族、今いたらカッコいいな~、あのころはブランドが元気だった、、
テットオムの濃紺黒のトレンチ、イッセイミヤケの黒のスタンドカラーのジャケット、ギャルソンの炭黒パンツもちろんタック入りです、黒のロングブーツ、覚えてるな~、、なんでだろう
駅のホーム、エスカレーター、黒の割合はどれくらいですか?
去年上着としては20代以来の、40年ぶりに黒の上着、、ダウンを買った。。「ダウンを買っちゃ~だめだな~ロングのコートにしないと」。。。「ぶかぶかのパンツかいにいこうかな~」、、それでも、なれない30代以来の30年ぶりの黒、何故か”大人の匂いがする”( ̄∇ ̄;)ハッハッハ