スタッフのつぶやき&お知らせ
パンクという反骨精神を落とし込む
9月に入って、新たに文学部の新聞とグラフィッククラブのポストカードを製作できればと思っていました。新聞はそうそろそろ完成、
今週末あたりです。
そして、ポストカード、、、これは、定期的に作るものではなく、気になる題材があってこそなので、一か月で2枚作る時もあれば、半年作らないときもあります。
に至ってはインスピレーションですから
今回のは少し前に私が、買ってしまったロックTシャツ、、、これです
イギリスのパンクバンド、THEダムド。
今年で結成50年、、ということは、なかなかの先輩になっているわけです、こんな風貌になっています
ローリングストーンズもそうですが、いい感じに年齢を重ねています。。
そんなパンク音楽、そこにあるのは、”反抗”であり”反骨”、、そこには荒々しい「ふざけんじゃね=」がそこには在ります。
ピストルズ、クラッシュ、、そしてダムド、、伝説のバンドたち、、にもかかわらず、、ダムドだけ聞いた事が無かった、、まさに私にしたら、伝説のパンクバンドなわけです。リスペクトしないといけません( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。
そして、アップルマスターの協力の元
今までにない、ある意味、ミルフーらしくないポストカード、、既存のミルフースタイルとは一味違う、反骨スタイル( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
たかがTシャツ一枚から、こげ茶のブーツを黒に染め、次には黒のデニムを買おうとしている、、いつか、このスタイルで、仕事をしたいと思っています、、そして、自分にもその
反骨精神を、、、、落とし込む
革靴を生まれ変わらせる
もうかれこれ、一年、2年と履かない靴、すてるには、そこまでくたびれてはいない、、。
革靴は、スニーカーて比べてそりゃ頑丈、履かなくなったのには、自分のブームが去った、、、。
それは、型であり、色だったりする。
以前、薄汚れてきて、さすがにこれではダメだ、、一計を案じて、”捨てるんだったら、いちど自分で染めてみようか?"と、思い立ったんです、、、以前ね。
どうです、なかなかでしょうカラーリングも素敵♡
寿命が延びたのはいうまでもありません。。
そんな履かなくなった靴が、、また出てきたんです、、これです
こげ茶のブーツ、、もうブーツ履かなくなりました。先日、ロックTシャツを買ったのはお話ししました
こちらです、伝説のパンクバンドと呼ばれているそうです、、何度もお話ししてませが、、私は、まるで知りませんでした。。。
このロックTには、黒の靴が合う、、、と思い立ち、であれば、、、これを黒にしてしまえ
なかなかのブラック!そして、あえて靴ひもは、ストック、、実は靴紐、捨てる時に外して取ってあるんです、、今回は、新品の白があったのでそれを装着!
何だか、ロックしてきたような?( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、、パンクですけど。。次は、、、黒の細身のデニムという事で、、我が家から、細身のデニムがあったんで、、これも染めてしまうか?
と思ったんですが、なんせ久しぶりに押し入れから出したので、今年の私のサイズ感についていけず、、
”そうか~この時は、32インチで細身だったんだな~”
えーーーーーーーー、そんな馬鹿な!!
どこから逃げ出したんだよ~~
睡蓮鉢から火鉢へ
挿し木 ≪ガーデニングクラブ活動≫
ミルフーには、観葉植物が多い、今までもいろんな 植物を置いてきたんですが、、シェフレラ(カポック)がこの半地下という環境ではハマっているような気がします。
実際、外に出しっぱなしのシェフレラ3鉢も、、ある意味過酷ですよ、、この猛暑でさらには、雪が降っても出しっぱなしですから、本来なら室内で、というのが普通ですしね~。。
おかげで大分、強靭な個体になっているような気がします、、、たぶん。
で、
そこから挿し木をするわけです。外に出してあるだけに過酷ではあるんっですが、、日射しはよ~く当たりますから、伸びもいいんです、、で、。伸び隙てくると、、その部分を切って、挿し木にします。
生花のように花瓶に入れて
しばし様子を、、、2か月が経ち、もちろん水替えはまめに、生け花のようにはします、、、すると
根が出てくるんです、、そうしたら、土に入れてやります
あらたな、シェフレラの誕生です。そして、伸びきっている、もう一つのシェフレラをCUT、、、、う~~ン、切る枝を間違えた
こちらも、しばし水の中に、生け花として飾っておきます、、後は根が出てこ~~い。
そして急成長しておるのが、ミニ蓮
浮葉が出てきています、、この入れ物では限界か?、、、我が家から、、火鉢を持ってきましたが、、、、でかすぎか!( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
大きな古時計に、それぞれの想いがある
私の祖母が、東京の神田で、、髪結いをしていたんです、、そこで結婚をし、近くの時計屋で買ったのが
この振り子時計、、神田元佐久間にあったSENKOSHA(銓工舎)の時計、、そして神田錦町に住んでいた、祖父と祖母、、どれくらいの距離にあったのかはわからないが、
その2つの昭和を見てきた時計が
今ミルフーにある”大きな古時計”です。。。
疎開で家族とともに福島に引っ込んだ時にも、この時計は一緒、、いつしか、その時計は動かなくなり、、祖母の家に置かれていたんです。。
ミルフーがOPENした24年前、祖母の家でそれを見つけたのが私です。。
「もらって行っていい?」
「もう動かないよ」
「インテリアとして飾っておくよ」
そして、飾ったんです、、、ふと、”どんな音がするんだろう”動くようにはならないのかな?と思ったんです、、、ミルフーから1分くらいのところに、時計屋さんがあったことが、
幸いでした、、、、そこには、壁にたくさんの振り子時計があったんです。。
『いい時計だ、おそらく部品がない、新たにその部品を作らないといけないから、2,3か月はかかる、、でも治せる、ン?この傷はどうした?』
運ぶ最中に私が、ぶつけていたんです、、もう動かなかったわけで、多少、、って感じで、、、怒られましたよ、大事にしなきゃって、これはいい時計なんだぞって
・・・・・・・・・・・・・・
その時計屋さんは、今もありますが、先代は亡くなり息子さんが継いでいます、20年以上の月日はそういうものですね。
先日、私の腕時計の電池交換で伺ってきて、、そのうちの一本が少々時間がかかると診断され
それがこれ。「仕上がったら持っていきます」、、このあたり、下町的でしょう、、以前も、2/28でしたか、私の糖尿の検査結果があまりにも悪くて、驚いた先生が、わざわざ店まで来てくださって『山田さん、数値悪すぎ‼」と言いに来てくれたり、人情味がまだ残っているんですね~。。
仕上がって持ってきてくださったときに、少し”古時計”の話になったんです
「私の父が修理したんですね、、すごいな、相当前ですよね?」
「そうですね24年前です、今だちゃんと動きますよ、昭和の初期の時計がです」
「私がこれを修理、もしくは部品を掃除してオーバーホールしろと言われたら、私の師匠にお願いしないと、私では無理です」
そんな祖母が、新婚の時に買った、大きな古時計、、今だ24年前に動き出してからというもの何の故障もなく、止まる時は、ゼンマイを巻けばいい。。
”ボ~ン、、ボ~ン、、ボ~ン”と穏やかに未だ時を知らせてくれます
先代『今回ない部品があったから、一から作って動くようになった、、次部品が壊れたら、その部品を作れる人がもういないと思うから、大事にしてな、、間違っても、ぶつけちゃだめだよ』
そんな私がぶつけてかけてしまった、時計の枠まできれいに直してもらいました、、それもいい思い出。
「これ修理にどれくらいかかりました」
「忘れたな~」
「今なら、片手では済まない、いや、当時でもそれくらいはしたと思います」
そう言いながら、その時計を眺める息子さん、、そこには確かに親父さんの痕跡がある、、、”おやじさんと話しでもしてんのかな~”

























