スタッフのつぶやき&お知らせ
”七五三”月間に入りました
11月と言えば、我々の業界では”七五三”という事ですね。
一年を通して、1月の成人式。3月の卒業式。11月の七五三。。。これは皆さんも経験している数少ない着物を着チャンスだったと思います。
その中での“七五三”、、お宮参りは置いといて、そりゃ~豪華な衣装が着れる楽しいひと時という事です、、特に7歳は、振袖を着ますから艶やかさは群を抜いています。
その昔々、、まだ、当たり前に成長ができなかった時代、7歳までは神様から授かった、神の子とされ、3歳、5歳、7歳と節目の時に”ここまで成長しました”と報告するための儀式がその始まりだとされています。
イメージとしては女の子が3,7歳、男の子が5歳ですが、3歳で陣羽織、5歳で紋付き袴と女の子同様2回というところもあります。
今月は3週連続でミルフーでも七五三が行われます。ここ2年、やる人がいなかったことを思えばまさにラッシュという事でしょう。
先月も着付けがあったばかりで、や~~っぱり、着物はいいですな~
近眼と老眼の見える景色
「お兄ちゃん、釣りズボン懐かしいね」
皆さんおはようございます、どんな週末過ごす予定ですか?。朝歩いてくるには本当にいい季節になりました、秋って好きだな~。
目のまえを歩くおじいちゃん,地図を片手に道を尋ねて、、「道路を渡った先の信号の右です、、」
思わず私は”ああ、あそこね”と思ったんです、そのままその2人を抜いて、道路を渡るべく信号待ちをしていると、、「すいませんここに行くにはこの道を、、」
と、たずねられたんです。。”えッ❓えッ❓今さっき、尋ねてましたよね”もうその場所は私は知っていますが( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、一応、、ね、地図を確認、、
「み、みえね~」そうなんです、私は老眼ですから、近くが見えません、そのための老眼鏡を持っているんですが、、なかったんです、普通なら万事休すですが、、聞いていたので、、聞いてしまったので( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
地図を見てわかったふりをして、、”ええ?ちょっと、お爺ちゃん80過ぎですよね?この地図見れてるの?”と思ったんです。
”そうか?初めに聞いたのは20代の青年、で、私、は老眼ですから遠くが見えるんです、もしかしたら、先の信号が確認できてないのか?”
想像してください、私たちがいるのは五日市街道手前、その信号は井の頭通りの信号、、、わかる人はわかりますよね、その信号は、見えるんです、でもその時点では主張はしてなくて、景色になじみ、小さく、、
でも若者にも、老眼の私にも確認できるんです、、。
”もしかして近眼?実は遠くが見れてないの?”
一応歩きながら「一緒に行こうか?方角は同じだし」「大丈夫、歩くの遅いから、そのつりズボン懐かしいね」
”つりズボン”、、いいね👍
やっぱり京都なんだな~
コロナ禍の3年、普段であれば混雑していて行きたくはない!というところにショートトリップしていました。
高尾山、浅草寺、羽田空港、レインボーブリッジを歩いて渡ったったり、この3月には念願の20年ぶりの京都へのショートトリップ。
京都では滞在時間が5時間ほど、うち4時間は、ほぼほぼ歩きっぱなしで、途中で足がつってしまうほど( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
京都からタクシーで南禅寺、その時に「南禅寺、建仁寺、そして京都駅、歩いて帰りたいから、その道順を通ってほしい」
とリクエスト、南禅寺と建仁寺の御朱印帳を買い、あとは散歩を楽しんだ、、
大阪に転勤が決まったお客様が
「週末朝一の新幹線で京都に行って、京都を散策しているんです、6時から清水寺開くので、誰もいない清水いいですよ~これで先週です」
その写真には、、誰もいない、、8時になると、御朱印を求める人で列ができ始めるらしいが、、毎週末の土曜日限定の早朝からの京都散策
嵯峨野、渡月橋、、そこには誰もいない、
「深夜バスで行って散策して、、ならできるかな~」
さてさてこの休日、、そして週末皆さんもお出かけですね?
年賀状制作が終~了
さてさて、23年度版の年賀状が昨日から発売されましたね。皆さんは年賀状、、書いていますか?
発行枚数も年々減ってきてますし、出さない、もらっても返事は書かない、という企業が去年から増え続けているそうです。。我々の業界でも年賀状は出さないというお店は、やはり出てきています。
そもそもで住所は聞かないというサロンもあります。時代の流れという事なんでしょう、ミルフーでも数年前から個人に対して一枚書いていたのが一世帯で一枚になりましたし、この辺りはナーバスな問題ですよね~
俗にいう環境問題の意識の高まりで紙資源をできるだけ減らすという事にはなるんでしょう、、でも片や、プラごみ削減するために、紙での代用品が増えてしまう、、。
まあ、この辺りは、優秀な人たちに任せるとして、、、あと10年でもしたら、はがきの文化はは趣味の世界になってしまうんでしょうかね~
お店が20年を迎えたことで、毎年、お店に中にセットを組み上げての年賀状撮影はしなくなったんです。やっぱり千代の富士の言葉通り、体力の限界という事です、
限られた時間内には、到底作れなくなりました( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
やろうとすると腰を痛めます( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
ここまでが、セットを組み上げてに撮影でした、、。そして今年20年がたって、区切りがいいという事で我々ミルフーとともに歩んでくれた”店”をどーしても主役にしたくて
この今年版が誕生したんです(それぞれに別バージョンは存在します)。HPの”milfoo部活動”を見ると
初年度からの年賀状がすべて見ることができます、、苦労話とともに( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
そんな来年の年賀状が完成したんです。アップルマスターの協力を得て、、。とりあえずホッとしています。
どうです?年賀状、、出します?
まさか自分の住所、スマホ見ないとわからなくなる時代が来ますかね~( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
他人の記憶の中の”自分”
スマホは今誰でもが持っているツール、その中にある機能
人間の機能の中にあるメモリー、、記憶。これは悲しいかな薄れていく。
そのうち、きっかけがない限りは呼び出すことはできなくなる、、、その時に写真があるというのは心強い。まさにそれは自分の中の記憶で人に見られることはない、スマホで撮った写真も同じでパスワードがない限りは他人が見ることはない自分の記憶。
人と付き合う上でほとんどの人は、一日中一緒に過ごすことはない、自分以外の人のことは知ることはない
記憶というのは、悲しいかな薄れていくだけ、、、。でも自分以外の人の中にも”自分”は生きている、、。
先日久しぶりに友人と会ったその時
「なぜだか。お前との写真がこんなか(手帳)に入ってたんだ」
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我々世代は、手帳というものを好む、実際私も高校卒業とともに手帳を買っていまだに使ってはいないが手元にある。。
何枚か写真がいまだに入っている、、。
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そこには、友人と山登りに行った写真があった、、その話をするんだが、、私の中にその記憶がない、、いや行ったという記憶はある
だけど誰といったのかが出てこない、何人で行ったのか?その友人との記憶もない、、だけど写真には38年前の自分がそこにいて、
友人の記憶の中には確かに私がいる、、人の中にいる自分という記憶。
昔ながらのプリントされた写真、それをまとめたアルバム、捨てない限り、誰かがそれ開くことはある、、。
お客様(85歳女性)「もう写真を捨てようと思って、だれが見るわけじゃないし、娘にあげてもど~せ、見やしないでしょしね~」
山田「そうですかね~?僕はアルバムだけは取っておいてほしいと思いますよ、それ以外は何もいらないけど」
山田「だったら、見せてくださいよ、若いときのOOさん気になりますね~」
お客様「私の若いとき見たらびっくりするわよ、今はもうしわしわだけど、ミニスカートはいてさ~、綺麗だったのよ~」